中国に「漢方薬」はありません
意外と知らない?「中薬」「生薬」との違い
2022年03月14日 11:45
記事をクリップ
11名の医師が参考になったと回答
生薬由来の漢方薬を用いる日本の漢方医学に似た医学体系として、中国には「中薬」を用いる「中医学」がある。両者は同じ中国伝統医学を起源とするものの、歴史的背景などから呼び方が分かれ、現在は異なる治療法が行われている。しかし、日本では中薬も生薬もひとくくりに「漢方薬」として扱われ、それがもとで漢方薬に対する誤解が生じたり、正確な理解の妨げとなったりするケースも少なくない。漢方薬と中薬の違いや両者の特徴などについて、日本漢方生薬製剤協会の関係者4氏に話を聞いた。
漢方薬を処方できるのは日本だけ
「中国でよく処方される漢方薬」「よく効く漢方茶」―。日常的に耳にするこうした表現は、実は漢方医学の正確な認識に基づいたものではない。まず、中国で処方されるのは「漢方薬」ではなく「中薬」である。そして、日本で漢方医学に基づき処方されるのが漢方薬であり、漢方薬は医薬品を指すため「漢方茶」という食品は存在しないのである。
「いわゆる”漢方”という言葉にポジティブな印象を抱く人が多いため、さまざまなシチュエーションで便利な呼称として用いられているのではないか」。そう語るのは、広報委員会副委員長の本多正幸氏。「漢方」に親しみが持たれている点は歓迎する一方、ひとたび健康被害などが生じた場合には、「ひとくくりに漢方薬によるものと認識されかねない」と懸念を示す。
「漢方」に対する誤解として最も多いのが、先述のような漢方薬と中薬の混同である。国際委員会委員長の小柳裕和氏は「そもそも、漢方薬を用いる漢方医学と中薬を用いる中医学は、それぞれ独自に発展を遂げてきた異なる医学体系である」と説明する。
中国起源の伝統医学が日本に伝来したのは奈良時代ごろとされ、日本の風土や実用性を重視する日本人の好みなどに合わせ、独自の発展を遂げた。その後、江戸時代中期に西洋医学であるオランダ医学が伝来し、「蘭方」と呼ばれるようになる。その際に蘭方と区別するため、中国起源の伝統医学に「漢」の字を当てたのが「漢方」という呼称の由来だ。
他方、中国では伝統医学の理論に新しい考え方を取り入れながら発展した「中医学」が近代に体系づけられ、現在に至っている。
「フルオーダー」の中薬、「イージーオーダー」の漢方薬
両者とも患者の体力や体質、抵抗力、症状の現れ方などを判別する「証」に基づき治療薬が選択されるが、中医学では患者ごとに細かく生薬の加減を行い、オリジナルの処方を決定する。一方、漢方医学では患者ごとに細かい生薬の加減は行わず、証に適した漢方薬を見極めた上で処方する。
こうした違いについて、「洋服のオーダーメイドに例えると、中医学は”フルオーダー”で、漢方医学は”イージーオーダー”のようなもの」とどう小柳氏。例えば、かぜをひいた患者に葛根湯〔葛根(カッコン)、大棗(タイソウ)、麻黄(マオウ)、甘草(カンゾウ)、桂皮(ケイヒ)、芍薬(シャクヤク)、生姜(ショウキョウ)の7つの生薬を配合〕を処方する場合、中医学では証を見て体の冷えがある場合には体を温める作用のある生姜を多めに処方するなど、きめ細かく調剤する。一方、漢方医学では基本的にそのような調剤はせず、約200種の漢方薬の中から、その人に最も適した薬を選択する。
同氏は「中国では中薬の原料として使用できる生薬が約3,000種もあるのに対し、日本では200~300種程度であり、約8割を中国からの輸入に頼っている。このようにふんだんに生薬を使用できる状況にないことが、漢方医学と中医学の違いが生じた背景の1つと考えられている」と述べた。
また、多成分系のままで生薬の薬効を検討し重量ベースで処方を決定する中医学に対し、漢方医学では生薬を煎じて得られるエキスが均質となるよう管理することで漢方薬の品質を一定に保っている。そのため、中薬に比べて漢方薬の方がエビデンスを確立しやすいというメリットがある。
西洋薬による治療効果が乏しい疾患に対し漢方薬が有効であったケースは多く、欧米などでも漢方薬に対する関心は高まってきている。今後、日本以外でも漢方薬を使用できるよう製薬メーカーが承認を取得するには、エビデンスの確立が重要なポイントといえる。
コロナ後遺症にも漢方薬が有用か
最近では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の後遺症(Long COVID)に対しても、症状緩和に漢方薬が有用な場合があると注目が集まっている。
本多氏は「当協会が開催した第24回市民公開漢方セミナーでは、順天堂大学順天堂医院総合診療科学講座の福井由希子准教授から、Long COVIDの改善が認められた症例についての報告があった」と紹介。COVID-19発症から約1カ月後に脱毛や倦怠感が生じて同外来を受診した40歳代男性は、症状や体質などから「気虚」(気力が低下した状態)および「血虚」(体を滋養する血が不足した状態)と診断され、これらを改善する効果のある十全大補湯を処方された。4週間の内服で倦怠感は徐々に消失し、さらに2週間後には脱毛症状の改善も見られたという。
COVID-19発症の約1カ月後に倦怠感、嗅覚障害、上肢の痺れ、筋肉痛、頭痛、不眠など多様な症状が出現した40歳代女性は、他院でアセトアミノフェンとプレガバリンを処方されるも改善に乏しく、同外来を受診。両薬の服用を継続しながら、不眠や焦燥感が強い場合に有用とされる加味帰脾湯を追加処方したところ、2週間の内服後に症状の軽減を認め、6週後の再診時にはさらなる改善が見られたという。
広報委員会委員長の犬飼律子氏は「医師免許を持っていれば西洋薬だけでなく漢方薬も処方できるのは、日本の医療システムの大きな特徴」とし、「治療法が確立していないLong COVIDに対してもそうであるように、西洋薬に漢方薬を組み合わせることも可能である。西洋医学と東洋医学の融合により治療選択肢の幅が広がるのは大きな利点といえる」と述べた。
中国でも西洋薬と中薬の双方を処方できる体制へと移行しつつあるものの、中医学の免許を持つ医師が使用できる西洋薬、または西洋医学の免許を持つ医師が使用できる中薬は日本に比べて限定的だという。
生薬の国産化推進で、漢方薬の安定供給を
近年、漢方製剤などの生産額は増加傾向にあり(図)、Long COVIDに対する漢方薬処方が増加すれば、ますます需要が喚起される可能性もある。
図. 「漢方製剤等」生産額の推移

(2019年「薬事工業生産動態統計年報」)
一方で、原料である生薬の調達は前述したように大部分を中国からの輸入に頼っているのが現状である。ひとたび中国からの輸入が滞れば、途端に漢方薬の供給が途絶えてしまう可能性がある。
そのため、同協会では2016年に全国農業改良普及支援協会とともに薬用作物産地支援協議会を設立し、農林水産省や厚生労働省などとも連携しながら、生薬の国内栽培促進に取り組んでいる。とりわけ耕作放棄地の多い中山間地での生産を推進し、生薬の安定供給とともに農業の活性化を図っている。
小柳氏は「複数の生薬から調剤される漢方薬は、どれか1つでも欠けてしまえば生産ができなくなる。政策的理由だけでなく天候不順によっても中国からの生薬の輸入が滞るリスクはあるため、日本で使用する生薬は可能な限り国内栽培を推進していきたい」と意気込みを語った。
漢方薬の薬価引き下げに危機感
また、医療用漢方薬の薬価引き下げも課題である。事務局長の小川出氏は毎年の薬価改定で医療用漢方薬の薬価引き下げが続く状況に危機感をあらわにし、「漢方薬の需要増に伴い、生薬価格の上昇が見られる。にもかかわらず薬価の引き下げが続く状況下では、医療用漢方薬の安定供給に支障が出る可能性もある。当協会に加盟する医療用漢方薬の製造企業でも事業を撤退するところが増え、2000年度に25社だった製造企業が2022年度には13社と、ほぼ半減している」と窮状を訴えた。
生薬および医療用漢方薬の安定供給に向けて解決すべき課題は多いものの、日本は西洋医学と漢方医学がともに発展を遂げてきた恵まれた環境にある。両者の融合は、1+1が3にも4にもなる医療を提供できる可能性を秘めている。
西洋薬に比べ漢方薬はエビデンスを確立しにくい点について、「漢方医学は、非科学ではなく未科学といわれている」と小柳氏。「漢方薬に対する正しい理解が浸透し、その恩恵を最大限に享受できる体制を築いていきたい」と展望した。
(編集部)